今日は高校の卒業式


長かった受験も終わり・・・





よーし!やったー!!

とは、、

いまだになっていませんが、、、

本当によく頑張ってくれました。。。

先日の、
小平 奈緒さんの父親の言葉。
「幸せ。本当にこんな思いをさせてくれて親孝行」
テレビで見て私も感動しました。。

そして、、
大袈裟ではなく、私も全く同じ気持ちです。。
最後まで諦めずに頑張り抜いたこと、
私は誇りに思います。。。
私にとっても私達夫婦にとっても、
本当に親孝行な子供です。。
希望校に落ちて、、
本当は落ち込んでいるはずなのに、
元気に明るく振舞ってくれてありがとう。。
ほ~んと泣けちゃうよ。。。





最後の発表はもう少し後になります。
結果がどうであってもお祝いしましょう♪
次男君曰く、最終的には
『 受かってるとこ行く 』
そうです。。








~なわけで…




遂に我が家も…







超、、倹約生活突入!!
大学生2人を抱える極貧生活です(笑)
でも大丈夫!!
私も妻も、と~っくに覚悟はできてるから

そして、子育て最終章、、、
花の倹約生活楽しみましょう!!

昭和レトロだって、
お金が無くてもなんとかなる!!
いや、な~んとでもなる!!
無いからこそ出来る事、い~ぱいある!
例えば、、古いお店回りとか、、
骨董市回りとか、、、
ガンガン再開しましょう♪♪


では本題に入ります。

改めまして、こんばんは。
崖っぷちハンターののぼの館長です

今日は、雑誌《GORO》シリーズの第4弾となります。
昭和53年(1978年)発行分の紹介です


まずは、’78ベスト表紙!!
・・・ほぼマニュアル化
 昭和53年2月23日号
55
 表紙は、21才の木之内みどりさんです。
この当時の人気テレビドラマ【 刑事犬カール 】で、
カールと共に主役を演じていました。
婦警役の木之内みどりさんと警察犬カール
名コンビが様々な事件を解決していくドラマでした。

私は、このドラマで初めて木之内みどりさんを知る事となります。。
そして、、またまた好きになります(///ω///)♪
この当時、私は小学6年生で11才でした。
この頃の私は、ナゼか近所で『 頭のいい子 』と評判で、、
私自身も〔オレって頭いいんだな~〕と勘違いしていましたっけ

その後、中学生になり、
次第に〔あれ~〕となり、、
中学卒業の頃には、、、
〔 オレって遊ぶのが好きなんだな~〕と確信しました


本題に戻ります

この雑誌が発売されたのが昭和53年2月、
この約半年後の昭和53年9月に電撃引退!!
ご存知の方も多いと思いますが、
原因は《愛の逃避行》だったようです。。
人気絶頂期の突然の引退に、芸能界のみならず
世間的にも一時期騒然となったそうです。。


 昭和53年(1978年)1年分がコチラ
255
 この23冊の中から、
ピックアップ記事を紹介しま~す




ほんじゃ~


いきまっせ~





ではまず、ベスト表紙の流れで、
木之内みどりさん21才
 昭和53年3月23日号より
001

001 (5)

001 (3)

001 (4)
 やっぱりハクイ(笑)
この昭和53年は《GORO》の表紙を3回飾っています。
中学3年生の15才で日本テレビのミスティーンコンテストで準優勝し、
16才でレコードデビュー、ブロマイドも飛ぶように売れたそうです。
現在、60才になられていますが多分現在もお綺麗だと思われます。
テレビ出演は全くありませんが、再婚した竹中直人さんと仲睦まじく過ごされているのでしょう。。





石野真子さん17才
 昭和53年9月28日号より
001

001 (3)

001 (4)

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 この年の3月、17才で歌手デビュー!
デビュー曲【 狼なんか怖くない 】
(作詞:阿久悠 ・作曲:吉田拓郎・ジャケット撮影: 篠山紀信)
この曲は私も憶えています。。
♪ あなたもオオカミに~変わりますか~
♪ あなたのオオカミなら~怖くない~
この曲がデビュー曲だったんですね。。

セカンドシングル【 私の首領 】も憶えてます
♪ わたしのドンと呼ばせてくだ~さい~

★デビュー時のキャッチフレーズは
『 100万ドルの微笑み 』!!
笑うと見える八重歯が印象的でした。。






香坂みゆきさん14才
 昭和53年1月26日号より
001 (6)

001 (7)

001 (8)

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 14才で歌手デビュー。
現在は55才になられていますが、
今でもバラエティー番組に出演されています。
調べてみましたら、
夫の清水圭さんともずっと仲がいいようです。
お二人ともスポーツが好きで、
現在でもフラダンスやサーフィンをやられているそうです





大場久美子さん18才
 昭和53年5月25日号より
001 (8)

001 (10)
 大場久美子さんと言えば《 コメットさん》ですね
上の水着写真の頃は《 コメットさん》放送前なので、
まだ国民的スターになる直前です。。
デビュー時のキャッチコピーは、、
『 1億人の妹 』

 そしてココから快進撃!!
コメット
 昭和53年の後半から始まる大人気のテレビドラマ
《 コメットさん》で一躍人気者になるんですね~。。

 当時モノの《 コメット棒 》もってま~す
DSCF1962

DSCF1968
 現在58才になられていますが、、、
大場久美子さんも波瀾万丈な人生を歩んでこられたようですね。。
色々なことにチャレンジしてるようで、
58才になられてもバイタリティーありありです
さすが!コメットですね
↓ 大場久美子さんのオフィシャルブログです↓
https://ameblo.jp/kumiko-ohba/







紺野美沙子さん18才
 昭和53年11月23日号より
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 この時、高校3年生で在学中。
1枚目のドアップのショットにキュンとしてしまった。。
清楚で知的で、、、今になって好きになりました。。
現在は57才になられていますが、
予想を裏切らない想像通りの美魔女さんでした。
↓ 現在のお姿がコチラ↓
http://konno-misako.com/






桂木文さん17才
 昭和53年11月9日号より
001
 この年の人気テレビドラマ《ムー一族》でデビュー!!
私は《ムー一族》をタイムリーで見た記憶はありませんが、
この2年後から始まる《翔んだカップル》のヒロイン役で
初めて桂木文さんを知ります。。。
スッゴク可愛いかったな~


矢沢永吉さん29才
 昭和53年9月28日号より
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 この昭和53年、【 時間よとまれ 】が大ヒット!
そして、、大人気番組《ザ・ベストテン》にランクイン!
しか~し、ポリシーを貫く永ちゃんは出演拒否!!
そんな男気溢れる姿に、
当時の若者は憧れたのでしょう。。
スーパースター的存在だったんですね

ただ、、
当時小学生の私は、、永ちゃんの事をよく知りません。。。
でも、人気があった事は知っています。
仲良しの友達のお兄ちゃんの部屋に、
永ちゃんのポスターがベタベタ貼ってあったり、
 E.YAZAYA
のバスタオルが飾ってあったりね。。
イーヤザワってナニ??って聞いてましたね



★ここで
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タクティクス新発売
 昭和53年9月17日号より
001 (2)
 この年、資生堂から新発売されたタクティクス!!
この5年後位に私の周辺で(笑)ブームになります。。
コロンをつけること自体、
昭和な習慣だったんでしょうか??
ウチの子供たちがつけてるの見た事無いし・・
今は柔軟剤に、こだわりがあったりするのかな




VO5新発売
 昭和53年8月10日号より
001
 これまた男性化粧品です。
このVO5も、この5年後位からお世話になりました。
私が使っていたのはハードスプレーで、
がっちり固まり過ぎて、、髪の毛がバキバキ折れました




ほんなら、

ぼちぼちいきまっか~

気になる記事ランキング!








第5位
所ジョージさん23才
 昭和53年1月12日号より
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 この当時は、自称シンガーソングコメディアン!?
デビューして間もない頃の、23才の所ジョージさんです。。

私はこの翌年(昭和54年)から始まる、
《 所ジョージのドバドバ大爆弾 》が大好きでした
所ジョージさんが司会で、
声を枯らしながらのた打ち回るんです。
のけ反ったり転げまわったりしながら、、
ガラガラ声を張り上げ、、
『100万円!それ!100万円!うぉー』
ってゲームの挑戦者を煽るんです。。

私は初めてこの番組を見た時、
大人でもこんなに悪ふざけしてイイのかと・・・
かなり衝撃的だったので憶えています。。

ともあれ、、
所ジョージさんはこの番組を足掛かりに、
ビックなタレントさんになりました。
『ス・ゴ・イ・デ・ス・ネ-』
↑ のちに流行語大賞を取った所さんの持ちネタです。。

現在は63才になられています。
今でも、時々テレビで見かけますが、
私はいつも、、羨ましく思っています。
お金持ちってイイな~って。。。







第4位
未知との遭遇 日本公開
 昭和53年2月9日号より
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 基本的に男子はネッシーとUFOが好きです!
私も大好きです!!
そんな男の心をくすぐる映画です。。
UFO好きをガッカリさせない内容で見応えあります。。

CGが無い時代の映画ですが、、
見る人が求めてるものを満たしてくれます
この当時に、この出来栄えは素晴らしい!!
私のUFO好きを加速させてくれた映画でした。。
日本公開はこの昭和53年だったんですね
まだ観てない人はどーぞ!!





第3位
藤波辰巳さん25才
 昭和53年6月8日号より
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 この当時、私の憧れだった25才の藤波辰巳さんです。
好きになった理由は、見た目です(笑)

 因みにコッチの人が藤波さんです
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 仮面ライダーみたいな胸の筋肉、腹筋も。。
見た目もそうですが、男の子は強い者に憧れますよね。。
当時の藤波さんはめっちゃ強かったからな~。

プロレス中継では、ドラゴン藤波と呼ばれていて、
必殺技は、
ドラゴンロケットとドラゴンスープレックス。。キャーカッコイイ!

ただ、、ドラゴンロケットは見ててヒヤヒヤするんです。。
場外にいる相手に、
リング内からダイブして体当たりするっていう技なので、
決まればカッコイイのですが、避けられるリスクが大きいんです。
実際見てた時に、
失敗してパイプ椅子に突っ込んでしまい大流血していました。。

私も子供ながらに、
ソレって当たっても、相手のダメージ少ないし、、、
普通避けるだろ~!?って思ってたので、、
藤波さんが助走をつけて飛んでいく瞬間は、
いつも祈るような気持で見てました。。


reko-do
 レコードだって出してますよ~
デビュー当時は、
細身にマッチョでほ~んとカッコ良かった~!!
少しブルースリーにもタイプが似てるし。
ブルースリーもドラゴンって呼ばれてたので、
藤波さんのドラゴン藤波も、そこから戴いたのでしょうか?
まぁ~そこは解りませんが、
間違いなく当時の私のヒーローでした




第2位
サザンオールスターズ デビュー
 昭和53年10月12日号より

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001 (11)
 この年、【 勝手にシンドバット 】でデビュー!!
私が自分で初めて買ったレコードがコレでした
だから思い入れがつよ~い
実家に置いてあったボロ~いステレオで聞いてました。。
思えばこの頃からモノマネしてました~
全然似てなかっただろうけど。。
この時の私は、それを知らない・・

因みに、、
2番目に買ったのは、
中村雅俊【 時代遅れの恋人たち 】
《ゆうひがの総理大臣》見てました。。

3番目は、ゴダイゴ【 ガンダーラ 】
これは、《西遊記》の主題歌。。
この3枚までは何回も繰り返し聞いていました。。


ここで、、
 昭和53年(1978年)ヒット曲ランキング

↓ 年代流行様よりデータお借りしました
698
 ピンク旋風が猛威を振るってます。
そんな中、注目すべきはキャンディーズの【 微笑がえし 】
引退を2か月後に控えたラストシングルでした。。





でもって~


次に繋げます。。。




第1位
キャンディーズ解散
 昭和53年5月25日号より
001 (5)

001 (6)

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 昭和53年4月4日のファイナルコンサートから1カ月後の記事です。
私はこの当時、小学6年生でしたが、
卒業間際にサイン帳の交換が流行っていて、
みんな思い思いの一言とか、タレントみたいなサインとか
書いていました。。
その中に、〔 キャンディーズ大好き! 〕
〔 ミキちゃん大好き! 〕〔 ランちゃん大好き! 〕
などの文字が躍っていたのを思い出します。。

私は、、、
地球の絵をかいて、その上に〔 世界征服 〕・・・!?
自分で何回も書いていたので、
書いた構図は今でも憶えていますが、、、
いったい、ナニを考えていたのでしょうか私は?
自分でもその根拠がわかりません
ショッカーにでもなろうとしていたのでしょうか(爆)
たぶん、、
この当時見た何かに影響されていたのでしょう・・・

それと、サイン帳交換って、
私達世代だけのブームだったんでしょうか?


本題に戻ります。。


伝説と言われている、
キャンディーズ解散宣言について、
当時の状況をわりやすく書かれているものを見つけました。。

↓ネットからの引用です。

1977年7月17日、
「サマージャック ’77」と銘打たれたその年の夏のツアーの初日であった。
場所は日比谷野外音楽堂。

いつものように始まり、いつものように進行し、
いつものような熱気の中で終わるかに思えたこの日のコンサート。
しかしアンコールの1曲を残し、ステージ上に棒立ちになっている3人がいた。

何かが変だ。

ランが泣いている。
「みなさん・・・・・」と言ったきり、何かに耐えているようだったが、
たまりかねたように右隣りのミキを見る。
次の瞬間、両側にいたスーとミキが駆け寄り、3人抱き合って号泣。
わけもわからず声援を送り続けるファン。
何度も口元にマイクを持っていくがなかなか言葉が出ないラン。

しかしやがて、

(ラン)「私たち・・・・みなさんに謝らなければならないことがあります・・・」
(ミキ、スー)「ごめんなさい!」
(ラン)「私たち・・・今度の・・・9月で・・・解散します!」
客席から悲鳴が上がる。舞台の上で土下座する3人。
(スー)「私たち、デビューの時から3年間はがむしゃらにやります・・・
やろうって決めてました。
でもこんなにたくさんのみなさんが応援してくれたし、
私たちはもう1年間頑張ろうって、やってきました・・・」 
(ミキ)「みなさん。本当にこんなにたくさんのみなさんが応援してくれてるのに・・・
本当に・・・本当に悪いことだと思います。
でも・・・でも1人1人旅立ちたいんです!私たちの気持ち、わかってください」
(ラン、スー)「ごめんなさい」「許してください!」
(ラン)「これからは、みなさんの目には触れないところで、
1人1人孤独と戦いながら生きていきたいんです。普通の女の子に戻りたい!!」
(ミキ)「ごめんなさい!」
(スー)「許してください」
このあとステージに崩れ落ちるように倒れこんだ3人。
動けなくなった彼女たちをスタッフ達が抱きかかえるようにして楽屋に連れ戻り、
そのままコンサートは終演となった。

まさに前代未聞の出来事でした。
人気絶頂のアイドルがステージ上から直接ファンに解散を宣言するなんて!
そしてこれはスタッフや一緒に舞台に立っていた
バンドの人達も知らないことでした。
すべて3人だけで考え、決断したこと・・・。
この時、客席後方でライブを見ていたプロデューサーは、
慌ててステージに戻り、舞台袖からMMPに対し、
何でもいいから音を出すように指示を出します。
キャンディーズの声をかき消そうとしての指示でしたが時すでに遅し。

3人の言葉にもあるように、
かなり前から解散のことは決めていたようです。
そして、それを隠してライブを続けることは、
ファンに対する裏切りではないかという思いが強くあったと、
のちにランちゃんは語っています。
また当時は今と違い、
アイドルが自分の意見を主張するのがとても難しい時代。
事務所に相談しても反対されるに決まっています。
ならば非常手段として直接ファンに訴えようということだったのかもしれません。
突然の宣言にスタッフも狼狽しましたが、
会場にいたファンの人達にはまさに「青天の霹靂」だったはずです。
終演後、日比谷公園には家にも帰らず泣いているファンが多数いたといいます。
 
その後、事務所との話し合いの結果、
翌年3月まで活動を続けることで合意。
この日から引退に向けてキャンディーズとスタッフ、ファンとが一体となった、
歌謡史に残る一大ムーブメントが動き出すこととなるのです。



そして、衝撃の解散宣言のあと、
全国的ファン組織である「全国キャンディーズ連盟」が動き出します。
ファンの本音としては「続けて欲しい」だったと思いますが、
彼らの出した結論は、
「本人達の意思を尊重し、解散までの道程をバックアップしよう」
ということでした。
キャンディーズ・カンパニーが結成されました。
法的に登記された会社組織ではなかったようですが、
都内に事務所を構え、「広報部長」等の役職を置き、活動を開始します。
メンバーは皆、20才前後の若者達 だったようです。

具体的な目標は「キャンディーズの曲をチャート1位にすること」
これまで数々のヒットを飛ばしてきたキャンディーズですが、
まだ1位というのはありません。
解散までに1度、
キャンディーズに1位を取らせたいというのがファンの願いでした。
年も明けて2月25日、
最後のシングル『微笑がえし』が発売。 
泣いても笑ってもこれがラストチャンス。

『キャンディーズに悲願の1位を!』

と街頭でビラを配り歩き、
ラジオ・テレビへ毎日何十枚とリクエストハガキを出し、
友人知人に勧める等、地道な、しかし精力的な運動が全国で展開されました。

そして発売2週目。
ついにオリコンチャート1位に『微笑がえし』の文字が!
快挙、といっていいでしょう。
みんな泣いたといいます。
最後の最後に、まさにファンの力で勝ち取った1位の座です。
あまりにドラマチック。
まるで誰かが演出しているかのごとき出来事ですね。
こうしてキャンディーズは勲章を、
単に「1位になった」ということではなく、
「ファンと一体になって勝ち取った栄光」
という勲章を胸にファイナルカーニバルにのぞむことになります。
よくキャンディーズは
「絶頂期に解散宣言をした」といわれますが違いますね。
彼女たちはその宣言後も上昇を続け、
まさにファイナルのその瞬間こそが「絶頂期」だったのです。



↑以上、「キャンディーズの小部屋」様から引用させていただきました。

・・・感動しました。。 ←いまごろ
この当時、こんな事が起こってたんですね。。
ショッカーになろうとしてた(笑)少年には、
全く気が付きませんでしたよ。。。
〔 ミキちゃん大好き! 〕と書いてたアイツは知ってたのかな??
今度聞いてみよ。。




以上、《 雑誌GOROの時代 その4 》でした。
今回も長々とすみませんでした。。
最後まで読んで下さった方、本当にありがとうございます

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