ちゃっぷい!

ちゃっぷい!

どんと ぽっちい!!



↑(古っ)



只今の、ほのぼの昭和館の室内温度

8度。。。





めちゃさむっ!!


1時間前からエアコン設定
温度:30度
風量:強
なのに、、
いまだに8度。。。



改めまして、こんばんは、
寒がり屋さんです

早速ですが、今日の題材
追憶の雑誌《GORO》についてです。

《GORO》とは、、、
毎号今をときめくアイドルや女優のグラビヤが巻頭を飾り、
ファッション・恋愛ネタ・車・音楽・青年コミック等々
当時の若者をターゲットに絞った
総合男性誌でした。

・・・え~っと、
私の拙い説明では分かりずらいと思いますので、
ネットから引用します。。。


以下、週刊ポスト様より引用↓

高度経済成長が一息ついた1974年、
雑誌【GORO】は生まれた。
学生運動に乗り遅れ、後に「シラケ世代」と
呼ばれる若者たちが大学生になる頃だった。

≪GOROは74年を″人間元年″と考えたい≫
創刊号の巻頭には、こんなコピーが躍った。
国の成長を追い続けた時代から、
人間個人の幸福を求める時代への転換期だった。

1980年をまたいで突入するバブル期、
DCブランドに身を包んだ大学生たちが、
六本木を闊歩した。「GORO」は彼らの
性のバイブルとなった。

いい意味で“ユルい”雑誌でした。
当時『若者vs大人』という構図の中で、
圧倒的に若者の味方をした。
数年後に企業戦士になる学生の『いまは遊びたい』
という気持ちに寄り添ったんです。
エロもやれば映画評論や車特集もあって、
『なんでも吸収してやるぞ』というバブル期の世相に
マッチしていました。

しかし1989年にバブルがはじけた。
その3年後の1992年、「GORO」は休刊を迎える。
バブル前夜から終焉まで、若き男の夢と共に走り抜けた雑誌だった。

以上、週刊ポスト様からの引用でした。。





 現物はこんな感じです
DSCF175588
 アグネスチャンさんが表紙なのでチョイスしました



発行期間は、
創刊号1974年6月(昭和49年)から
最終号1992年1月までの18年間、
月2回刊(第2・第4木曜日)でした。
現在51才の私の年齢と照らし合わせると、
私が7才~25才まで。。

お分かりでしょうか・・・

7才といえば小学2年生、、
既に、アグネスチャンさんに恋してた年齢です。。
そして、、最終号の25才は、
妻にプロホーズした年です



そうです!!


完全なるドンピシャ世代(古っ)

現代風に言い換えれば、
ジャストミート!!(これまた古っ)



《GORO》に育てられた!?
と言ってもいいでしょう。。
中学生の頃、友達の家で
《GORO》を初めて見た時の、
胸のトキメキ
今でも忘れられません


そして、、、


その後、30年の時を経て、、
その時と同じ友達の家の押入れから
発掘した数冊のGORO。。。
ページを開くと、、
思春期の思い出が走馬灯のように蘇りました

と同時に、
私のハンター魂に着火

運よく、過去に全コンプリートしていた
ある男性(まったくの赤の他人)に出会い、、
創刊号~最終号までの18年分
全422冊、全て譲り受けました~
もちろん、今現在も大切に保管しています。。
茶川書店↓に3年分のみ、残り殆どは屋根裏部屋
http://honobonoshowa.blog.jp/archives/2520358.html




今回もゴソゴソひっぱり出しました~


 1974年6月に創刊しているので、初年度は14冊
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 創刊号は右下(ヒゲの男性)
目次ページに名前は載っていました。
表紙:LORENE DE ARAUJO SERGIO
コノヒトダレ???ナニシテルヒト??
創刊号の表紙を飾るくらいだから、
著名な人なのだと思いますが、、、
調べても分かりません。。
アンディーフグさん、、じゃ~ないよね、、
似てるけど・・・

因みに、
男性が表紙を飾っているのは、
アンディ似の創刊号と創刊第2号・第3号まで、、
3冊のみです。
第4号~第422号まで(419冊)は、
全て女性になります。




 コチラが創刊翌年の1975年分(24冊)
DSCF1723




ではでは、、


上記の《GORO》創刊から2年分、
昭和49年(14冊)と昭和50年(24冊)の中から~
ちょっと気になる注目記事
私の独断と偏見でピックアップしました
ランキング形式で紹介します



まず、創刊号より
001 (26)
 1974年(昭和49年)6月13日号です。

今から43年前のお写真です。。
001 (27)
 この時、デヴィ夫人34才です。
現在も、時々バラエティー番組でお見かけするので、
調べてみましたら、77才になられていました。。




続いて、、
 ’75新人アイドル紹介ページから
001 (10)
 1975年(昭和50年)2月27日号より
 1975年(昭和50年)9月25日号より
001 (12)
 まだデビューしたての頃。。
この2年後、テレビドラマ《刑事犬カール》・映画《野球狂の詩》でブレイクします




 1975年(昭和50年)7月10日号より
001 (13)
 デビュー当時、15才の片平なぎささんです。
過激な表現が気になったので載せました。。。




 1975年11月27日号より
名カメラマン篠山紀信さんによる、伝説の《激写シリーズ》です。。
篠山紀信さんにより、アイドル・女優・素人女性がヌード写真を披露したそうです。。
003
  竹田かほりさん、この時17才で高校2年生。。
001 (6)

001 (7)
 私は、このヌードが発売された時は小学3年生(8才)なので、
全く知りませんでした。
実際に竹田かほりさんを知ったのは、
松田勇作さん主演のテレビドラマ《探偵物語》に
出演していたのを見てからです。
役柄の自由奔放な感じが、すごく可愛くて大好きでした。。

素人時期にヌードなられていたのを知ったのは、
この本を入手した後なので、今から7・8年前です。
かなりビックリしました~。
同じくその頃、甲斐バンドの甲斐よしひろさんと
結婚されていた事も知りまして、2度ビックリ!!
そして、さらに、、
先程、パソコンで調べて分かった事、、
娘さんが歌手デビューしていて現在34才ですって~!!
・・・そりゃ私も歳とるわけだわ。。。






 1975年(昭和50年)3月13日号より
アクション女優ナンバー1 志穂美悦子さん
001 (9)
 志穂美悦子さん19才時の記事です。
《キカイダー01》のビジンダー役の志穂美悦子さんが、
すっごくカッコよくて大好きでした~
そして、、苦悩する悲劇のヒーローという設定が、、、
小学1年生の私には切なくて切なくて・・・・
ビジンダーって泣くんです。。。涙が流れたりして
ほ~んとに可哀想で、敵役のハカイダーが大っキライでした(笑)

bijinnda-

そんな当時大好きだったビジンダー。。
じゃなくて志穂美悦子さんですが、
この頃、色々な番組にアクション女優として
出演されていました。
志穂美さんの回し蹴りがスゴク綺麗でカッコよくて
当時、私も家でマネしてましたよ~



続いて、
1974年(昭和49年)10月9日号の広告から
001 (11)
 私、今でもリーバイス信者なので、チョイスしました。。



 1975年(昭和50年)4月10日号の広告
001 (8)
 ケンとメリーのスカイライン!
通称:ケンメリですね。。


 もういっちょ自家用車
創刊号1974年(昭和49年)6月13日号の広告
001 (2)
 ブルーバード2000GT。。
私、コチラは初めて見たような気がしますが、
フロントマスクが昭和っぽくてカッコイイ!!






さーてと、



ぼちぼち、、



ランキングいっきま~す










第5位
この夏注目されるヘア・スタイル!

001
 1974年(昭和49年)7月11日号より
001 (2)
 特に多くを語りませんが、、
昭和を感じます。。。いい時代でした。。
私は、ず~と長いこと上ページのショートでしたが、
5年前から前髪下ろしてサーラサラヘアにしてます。。
妻にも子供たちにも『 おかっぱアタマ! 』と罵られていますが(笑)
とても気に入っています。。。




第4位
GORO GーRL 恋人募集

001 (22)
 1974年(昭和49年)12月26日号より
001 (22) - コピー
 当時、この手の募集記事はよく見かけました。。
文通友達募集とか、、
よく分かりませんが、私の周りにはですが、、
この手のモノに応募していた友人はいませんでした。。
私も同じです。。

ただ、、当時は色々な雑誌で同じようなコーナーを
よく目にはしていましたので、この時代特有のモノだと思います。。

書いてある文章は読んだりしてましたが、、、
因みに、上の今田さんの好きなタイプですが、
『 ヒゲが決まっていて、アフロヘアの人が好き』
・・・アフロヘアの人って、、
当時は結構いたんんでしょうか?
私の周りには見た事無かったし、、
親戚にもいなかったな~??
東京にはいたのかな~???
と、気になったのでセレクトしてみました。。





第3位
アメリカングラフティー公開!!

001 (17)
 1974年(昭和49年)9月26日号より
001 (18)

001 (19)

001 (20)
 私、この映画大好きでした
1960年代のアメリカの高校生の青春時代をカッコよく、、
時にはカッコ悪く、めっちゃ甘酸っぱく綴られています。。。
映画の中に出てくる神出鬼没のDJ:ウルフマンジャックに
わたし、、憧れちゃったりして。。。

私、オールディーズな音楽も、当時のファッションも、
無駄にでっかい50年代のアメ車も
すっごく大好きでした。
私が感じる〔 古き良きアメリカ 〕ってコレです。。


第2位
第3の目を持つ少女がいた!

3
 1975年(昭和49年)11月27日号より
001 (3)

001 (4)

001 (5)
 この記事、不思議です。。
何回も場所を変え、検証する人も変えているのに。。
全員がグルでない限り、本物なのでしょう!?
・・・ん~でも、、不思議すぎる??

この記事を書く前、〔さえこちゃん 第3の目 超能力〕
で検索掛けましたが全くヒットしません。。

因みに時期的には、
ユリゲラーさんの日本来日で超能力ブームが
巻き起こった半年後くらいです。
大人の事情でないことを祈ります。。




第1位
ブルース・リー死の真相・・・

001 (3)
 1974年(昭和49年)8月22日号より
ブルース・リーが亡くなられて1年後の記事。。

 1974年12月12日号より
001 (21)
 ブルース・リーの死の真相については、
この当時、日本は勿論、全世界規模で騒がれていました。
《GORO》でも何回も特集記事があります。


公式な死因は脳浮腫である。
司法解剖の結果、微量の大麻が検出された。
検死報告によると、りーの脳は1,400gから
1575gまで膨らんでおり、頭蓋内圧の亢進により
脳幹が圧迫されて死に至ったと考えられている。
↑以上、ウィキペディアより引用しました。


実際にお亡くなりになられたのは、
1973年7月20日なので、
私が小学1年生(6才)の夏休みでしたが、
当時、すごい人気があったため、
マネをする小学生は沢山いました。。
『 あっちょーー!あちょ!あちょ!』
仮面ライダーとは違いますが、
ブルース・リーさんも世界中にファンがいる伝説のヒーローです

5

今見ても羨ましい。。究極の細マッチョですよね。。
そういう人に私もなりたい。。。

ラーメンにも負けず
トンカツにも負けず
クリスマスのチキンにも
お正月のお餅にも負けぬ
丈夫な心を持ち
食欲は無く
決して今日だけと思わず
いつも静かに笑っている
ブルースリーのような人に
わたしはなりたい。。。

以上、《 雑誌GOROの時代 その1 》でした。
最後まで読んで下さった方ありがとうございました


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